gintemaree’s diary

創作には番号をふっています。

[2]電話

穂高が休業した。

例の肺炎がかの店にシャッターを下ろさせて早1ヶ月。そろそろあのコーヒーが飲みたい頃である。

 

彼女が辞書を作りたいと言ってから、私たちは律儀に3度ほど編纂をおこなった。辞書には現在6語が収録されている。

茶店での辞書作りなど不要不急の最たるものだ。私は籠もり、毎日なにご飯か分からない食事を摂りつつ日々悶々と過ごしている。

 

大学も授業日程がかき回されててんやわんやしているらしい。経済力があっても後手に回る対応は何かを浮き彫りにしているようにさえ見える。

宙ぶらりんの学生生活はいつまでか。1度堪らなくなって彼女に電話をかけた。先週の木曜の話だ。

 

「ここで天声人語しないでくれますか?」

彼女は私の愚痴を見事に打ち返す。

「朝日派なんですね。勝てないなぁ」

「ちゃんと語彙を蓄えていてくれないと困りますよ」

彼女はまだ飽きる気はないらしい。

「なんならオンラインでも良いんですよ。あなた油断してるでしょう」

「縦拳」

「え?今なんて」

「縦拳という言葉、次回持ってきますよ。いつになるか分かりませんが。」

彼女が笑った気配がした。それで何の用ですか?と完全にからかう声色で続ける。

「意地が悪いですね」

「私はてっきりあなたが本の虫になったと思っていました」

「籠るのは得意だったはずなんですが、天邪鬼だったようです」

「まあそんなもんですよね。私もです」

「ダウト」

彼女がインドアなら、付き合わされてきた私は何だったのかという話である。

「バレましたか」

「まだ鈍っていませんよ」

「それは良かったです。じゃあまた」

 

完全に見透かされ一方的に切られた電話だが、天邪鬼の私は意外と生きながらえている。ふと髪を切りたいと思った。