gintemaree’s diary

創作には番号をふっています。

[8]鬼

※公然わいせつに当たる表現があります。苦手な人は避けてください。

 

 

2月3日。

ダウンジャケットはあった方がいいが、電車内だと暑い、くらいの豆撒き日和である。

私は1人で丸の内線に揺られ、日本橋へ向かっていた。

目的地は日本橋三越本店。百貨店の恵方巻きは如何なるものかと手に入れるべくやってきた庶民である。

時刻は夕方4時。退勤ラッシュが始まろうとする地下鉄を乗り換えてから一駅で降りる。門番のいない地下から三越に入ると、煌びやかな地下が広がる。季節柄、洋菓子の並びが特に華やかである。

目的の恵方巻きは彼女に頼まれたものだ。彼女は自分で買いたそうだったが、2月上旬の国家試験に備えるため、不本意ながら私を召喚したのだった。

恵方巻き売り場はごった返していた。私はずらりと並んだ中から2種類購入して帰路に着く。彼女も選ぶ楽しみくらいなければ気の毒だ、と動いてしまった食指を責任転嫁する。

 

帰りは気が向いたので銀座線で帰ることにした。地下鉄を降り、寒さにダウンの前を合わせてうつむきながら歩く。彼女は穂高で勉強して待っているらしい。

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夜道をしばらく歩いていると、私を追い越す1人の男がいた。並んだ瞬間に目が合う。特徴のない髪型と恰幅のいい肩の線。

男は早足で私を追い越し、その差20メートルくらいで再び私を振り返った。そこから少しずつ歩調を落としたようで、差が15メートルほどに縮まったあたりでまた振り返った。

なんだか不自然な様子である。私も後ろを振り返ったが誰もいない。確実に自分が見られていることが分かり、嫌な感じがした。

 

歩いては振り返るを繰り返す男は、同じ方向に歩きながら少しずつ私に近づいてくる。振り向く度に速度を調整しているようだ。肉食動物の獲物にされたかのような不快感が胸に広がる。

気味が悪いので男とは反対側の歩道に移動する。男はまだ私を見やりながらゆっくりと歩いている。

目を合わせないように歩道の反対側から早足で追い越し返す。このような時は歩みに比例して息が浅くなるのか、と妙に冷静な自分がいる。

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時間にしたら幾許もないかもしれない。男を追い越してからいくつか目の街灯を通り過ぎ、自分の影が前に伸びていくとき、足元にもう一つ影帽子が飛び込んできた。

後ろに付けられたか。

振り向くとやはりその男だった。その視線は私にあり、その右手は社会の窓から覗く局部を慰めていた。

「うわっ」

叫ぶより先に身体が動いた。私は脱兎の如く走り出した。