1月も残り少ない午後3時。穂高の席につきホットコーヒーを頼む。
鞄から格好をつけた文庫本を取り出しつつ携帯のメッセージを確認する。彼女の到着まで10分弱といったところか。
待つのは好きな方である。相手がいつ到着するか分からない、アンコントロールさが気に入っている。
本を開き、ページを捲る。栞代わりに折ったページの線を無意識に指で撫でつつ読み始める。
今日は本当に寒い。ページを捲る指の感覚も鈍い。
「お待たせしました」
顔を上げると、彼女がキャメル色のコートを脱いで丸めていた。
「いいえ」
「何を読んでいたんですか」
「谷崎潤一郎に挑戦しています」
彼女は瞬きを一つして「良いですね」と言った。
「まだ短編を2つ読んだばかりですが」
「良い趣味だと思います」
ついつい興味が無ければ聞いても仕方がないような事を口走ってしまうが、彼女は律儀に返事をした。
「授業が少し長引きました」
「お気になさらず。何か飲みますか?」
「ありがとうございます。カフェオレにしようかな」
彼女は注文を済ませると、あくびを一つした。
「お正月はご家族と会えましたか」
「ええ。久しぶりに帰れました。あなたは?」
「そうですか。私も帰りました」
まあ実家が近いので特別なことではないですけど、と彼女は届いたカフェオレをすする。
「その本。気に入った短編はありましたか。」
「うーん。どれも形容し難い気味の悪さがあります。」
「ああ確かに。もしミステリーなら御法度な話もありましたね。」
興味があるのかないのか、何か別のことを考えているような口ぶりである。
沈黙。
決して心地悪い訳ではないが、何かを切り出すタイミングを見計らっている時のそれだった。
そして私はそういう沈黙が妙に耐えられない質だ。
「....今度は何を思いついたんですか。」
「勘がいいですね。」
「鍛えられてますから。」
彼女がにやりと笑った。待ってましたと言わんばかりの笑みである。
「寒い時にしか見られないものがあるんです。」
ほら来た。
「イルミネーションか何かでしょうか。」
ノンノン、と首を振る彼女の両の口角が上がる。甘かったようだ。
「栃木に行きます。」
毎度突拍子もない彼女のはかりごとだが、今回は群を抜いている。
「聞き間違えでなければですが、入念な計画が要ります。いつ行くつもりですか。」
彼女のことだ、もう決め込んでいるのだろう。
「2月頭といったところでしょうか。第1週目が寒いようなのでそこで。」
聞き間違いではなかった。そこからの綿密な会議は日暮まで行われた。