『秋が終わってしまいます。散歩をしましょう。』
中秋の名月も過ぎて暫く経った頃、彼女からメッセージが届いた。
『本当はワインを仕入れに山梨まで行きたいところ、ご時世が許さないだろうと思うので。』
『それはわたしも許さないだろうと思いますね。いつが良いですか。』
ワインの代案がなぜ散歩になるのか。私は彼女の感覚を未だに掴みあぐねている。
緊急事態宣言も明けた10月8日午後8時。約束通り穂高の前で待っていると、彼女がビニール袋を下げてやってきた。
「待たせてしまいましたね。」
どうぞ、と開いたビニール袋には缶ビールが2本。罪深いですね、と片方をありがたく頂く。
これまで彼女と飲んだことは無かったなと考えながら彼女について歩く。
「両国橋まで。ぬるくなる前にどうぞ。」
「良いですね。屋形船はまだ見られると思いますか。」
「8時なので終わっていると思います。」
「それは残念でした。」
彼女が缶を開ける間、帆布の鞄を預かる。小気味いい音を確かめて返す。
「どうしてワインの代案が夜の両国橋なんでしょうか。」
自分のプルタブを引く。
「感覚の問題ですけど。今晩はお付き合いいただきありがとう。」
彼女が目の高さに缶を持ち上げたのに合わせて、缶のお尻を軽くぶつける。今秋も東京は飲み歩きを歓迎しない。
「少しだけ、一緒にひんしゅくを買ってください。」
「喜んでお供します。」