タイトルは失念したが、作家坂木司の鳥居シリーズに、ルチャ・リブレと親子の話がある。
鳥居シリーズ(と勝手に読んでいる)というのは、主人公坂木司の友人であり重度の引きこもりの鳥居という男が、卓越した推理力で周りの困っている人の背中を押してゆく、というような短編シリーズである。
わたしはこの坂木司という作家のマイノリティ的な視点の濃さが本当に好きだ。自分の力だけではどうにもできない悔しいことを、何で分かるの?というくらい登場人物があの時の私と同じ気持ちを言葉にする。私だけじゃないのだと心強くなる。そして鳥居がぶっきらぼうに励ます。少しがんばれる。
作中の坂木司は主人公でありながら木のうろのような存在で、過去のトラウマで彼がいなければ外出できない鳥居と共依存のような関係にある。鳥居がいる限り頑張れるのが坂木司なのである。人がよく、自分の主張をあまりせず穏やかに存在するが、鳥居のことになるとエゴが彼の中にむくむくと頭もたげてくる。坂木司は自分の醜さと常に葛藤している。人間的で愛しい反面、自分が刺されたような感覚になる。
そして坂木司の1番好きなところが上述のルチャ・リブレの回に登場する。
これはルチャ・リブレというメキシコのプロレスの選手(日本人)が心の弱さ故にメキシコで出会った妻とその間にできた子を置いて帰国してしまい、子供が選手を追いかけて日本に来たところを坂木司と鳥居に保護される。日本語を話せない子供から鳥居が推理力で父親を探し当て、説得するというのが大体のあらすじである。
もう誰のセリフか忘れてしまった。読みなおさねばならない。
この話に登場する「(誰か大切な人が)心の中に住む」という表現がわたしは大好きだ。1度誰かを心に住まわせると、その誰かが幸せでない限り自分も幸せにはなれない。という感じの文脈だったと記憶している。違ったらごめん。
自分が幸せになるだけでは自分は幸せにはなれない、すごくむつかしい。
むつかしいが確かに大事な人が楽しそうにしているのを知った時の満足はかなりプライスレスであり、自分で自分の機嫌をとって幸せになることとは質を異にする。
ただこれを読んだ時から私の幸せのベクトルは増えた。豊かになった。
この人間の繊細で微妙な感情をあっさりと言葉にしてしまう坂木司は何者なのだろう。きっと500年くらい生きていると思う。