春が来た。さして陽気でもない日に、彼女に誘い出された。
「桜を見て体内時計を合わせた方がいいと思いませんか?」
「年単位なんですね。」
どうしても心が曇る今年、地獄に仏といったところである。
「あなたのその、ちゃんと季節を追いかけるところが本当に健康だと常々思います。」
午前11時の丸の内線。急にどうしたんですか、と顔を覗き込む彼女は、6時に起床して一限を終えたらしい。10時まで寝ていた私とはそもそもの格が違う。
「流石に3年も花見ができないのは納得がいかなくて。」
「共感します。」
「週末の予報が雨だったので急なお誘いになりました。」
「皮肉ではないんです。お誘いありがとう。」
2000系を地上駅で降りる。駅近のチェーン店で唐揚げと竜田揚げを2人分テイクアウトする。唐揚げとそれぞれ用意したおにぎりで花見の魂胆である。
「しばらく歩きます。」
「はい。」
ひっそりとした住宅街を抜け、坂を黙々と降りる。
川に突き当たったら右へ折れ、さらに歩く。
着いたのは川沿いの公園だった。川面にせり出した桜の枝の、全てが重たそうに花をつけている様。まるで何かを競っているようである。
「先に食べてしまいませんか。端まで眺めたい。」
「そうしましょう。」
ベンチに座りかけた彼女がこちらを見やる。
「あなたから提案するなんて珍しいですね。」
曇天と相まりきつく香りそうな桜の下、完全に不意をつかれた。分かりやすく身じろいでしまう。
「食中毒が心配なだけです。」
「ダウト。焦っておにぎり落とさないでくださいね。」
「相変わらず手厳しいですね。」
さして陽気でもない水曜日、3年振りの花見をした。