gintemaree’s diary

創作には番号をふっています。

[5]灰色の春

春が来た。さして陽気でもない日に、彼女に誘い出された。

「桜を見て体内時計を合わせた方がいいと思いませんか?」

「年単位なんですね。」

どうしても心が曇る今年、地獄に仏といったところである。

 

「あなたのその、ちゃんと季節を追いかけるところが本当に健康だと常々思います。」

午前11時の丸の内線。急にどうしたんですか、と顔を覗き込む彼女は、6時に起床して一限を終えたらしい。10時まで寝ていた私とはそもそもの格が違う。

「流石に3年も花見ができないのは納得がいかなくて。」

「共感します。」

「週末の予報が雨だったので急なお誘いになりました。」

「皮肉ではないんです。お誘いありがとう。」

 

2000系を地上駅で降りる。駅近のチェーン店で唐揚げと竜田揚げを2人分テイクアウトする。唐揚げとそれぞれ用意したおにぎりで花見の魂胆である。

「しばらく歩きます。」

「はい。」

ひっそりとした住宅街を抜け、坂を黙々と降りる。

川に突き当たったら右へ折れ、さらに歩く。

 

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着いたのは川沿いの公園だった。川面にせり出した桜の枝の、全てが重たそうに花をつけている様。まるで何かを競っているようである。

「先に食べてしまいませんか。端まで眺めたい。」

「そうしましょう。」

ベンチに座りかけた彼女がこちらを見やる。

「あなたから提案するなんて珍しいですね。」

曇天と相まりきつく香りそうな桜の下、完全に不意をつかれた。分かりやすく身じろいでしまう。

「食中毒が心配なだけです。」

「ダウト。焦っておにぎり落とさないでくださいね。」

「相変わらず手厳しいですね。」

さして陽気でもない水曜日、3年振りの花見をした。